古代の森

古代の森の紹介(その1歴史)

 現在、皆様に「古代の森」と親しまれている古代体感スペースの歴史を紹介します。

 昭和63年度に当センターの敷地南側の空閑地を活用して、昭和55年度に鳥取国体会場造成に伴い行われた発掘調査により、布勢(ふせ)遺跡(鳥取市)で見つかった竪穴建物1棟を職員の手造りで復元しました。(現在は復元竪穴建物はありません。)

復元竪穴建物の棟上げ 

 竪穴建物の復元に続いて、翌平成元年には、向山(むこうやま)4号墳(米子市淀江町、国史跡)をモデルとした前方後円墳の模型の造成と、イキス遺跡(倉吉市)、大口(おおぐち)古墳群(鳥取市青谷町)の箱式石棺3基の移設を行うとともに、それらの周囲にクリ、トチ、シイ、クルミなど縄文時代や弥生時代の林間植生である広葉樹林の植栽を行う環境整備も行いました。そして、来訪者がこの空間により親しみと関心を持ってもらうために広く愛称を公募して、「古代の森」と命名しました。

 平成元年11月8日には、鳥取聾学校の児童・生徒の皆さんをご招待して、「古代の森」完成記念イベントを行いました。

古代の森完成イベントの様子

 この「古代の森」では、平成6年度に財団法人日本宝くじ協会から寄贈を受けて桜を補植しました。また、平成12年度と13年度に国道9号の改築工事に伴い発掘調査を行った、小畑(こばたけ)7号墳・5号墳(小畑古墳群(岩美郡岩美町))の家形石棺1基を移設して、箱式石棺とともに屋外展示しています。  

 是非お出かけいただいて、古代の暮らしや四季等を、肌に感じていただければと思います。

  

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センター紹介

 久松山地域は戦国時代以降鳥取城が築かれ、鳥取藩32万石の中心地でした。現在でもこの地域は県庁があり、行政の中心地となっています。

 しかし、戦国時代から遡ること約800年前の奈良時代、県庁から4キロほど離れたこの国府町に国史跡因幡国庁(現在の県庁にあたるもの)がありました。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、当時の面影を残す万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里となっています。
 この歴史豊かな万葉の里の一角に埋蔵文化財センターはあります。


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